法令・規則

カスハラ防止措置の義務化|就業規則の作り方と現場運用

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顧客や取引先からの暴言・過度なクレーム・威圧的要求——いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)が、建設・製造・物流・小売・飲食を問わず深刻化している。厚生労働省の実態調査では、過去3年間にカスハラを経験した労働者は全業種で一定数に上り、離職・メンタル不調の引き金になるケースも増加している。

こうした状況を受け、令和7年(2025年)6月に労働施策総合推進法等の改正法が公布され、カスタマーハラスメント防止措置が事業主の法的義務となった(令和8年10月1日施行)。パワハラ防止義務化(2022年)に続く大きな転換点であり、就業規則の整備・相談体制の構築・対応手順の策定が急務となっている。

全体的な法改正の位置付けと他の改正テーマとの関係は、2026-2027 安全衛生法改正 完全ガイドで解説している。

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カスタマーハラスメントとは|法律上の定義と判断基準

法律上の定義

改正労働施策総合推進法における「カスタマーハラスメント」の定義は以下のとおりである。

職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより当該労働者の就業環境を害すること。

(令和7年改正・労働施策総合推進法第30条の3第2項)

「社会通念上許容される範囲を超えた」かどうかは、言動の内容・継続性・手段・労働者への影響を総合的に判断する。

典型的なカスハラ行為の類型

類型具体例
身体的・精神的攻撃暴言・怒鳴り・侮辱・土下座要求
過度な要求長時間拘束・不当な金銭要求・謝罪の繰り返し要求
威圧的行為SNSでの誹謗中傷・個人情報の晒し・クレーム予告
継続的困惑同一事案への繰り返し来店・電話・メールによる執拗な接触
業務外要求担当者の個人的な謝罪・業務範囲を超えた対応の強要

パワハラとの違いは「行為者が外部(顧客・取引先)」である点で、雇用関係にないため事業者が直接指導・懲戒することができない。だからこそ、守る仕組みを社内に作ることが事業主の義務となっている。

カスハラが安全衛生上のリスクである理由

令和5年(2023年)9月の精神障害労災認定基準改正で、カスハラは独立した心理的負荷の評価項目に明記された。つまりカスハラを放置し、労働者が精神障害を発症した場合、労災認定につながりうる。ハラスメントと安全衛生の接点についてはハラスメント防止と労働安全衛生の接点も参照してほしい。

義務化の概要|施行時期と対象事業者

施行日と根拠法令

項目内容
施行日2026年(令和8年)10月1日
根拠法令労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)第30条の3第2項(改正)
関連指針「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年2月26日公布)
対象業種・規模を問わず全事業主(大企業・中小企業ともに同一施行日)

パワハラ義務化(大企業2020年・中小2022年)と異なり、中小企業も含め一律に2026年10月1日から義務化される点に注意が必要だ。

パワハラ義務化との違い

カスハラ防止措置は、パワハラ・セクハラ・マタハラと並ぶ「第4のハラスメント防止義務」と位置づけられる。ただし行為者が社外にいるため、措置の性格が「懲戒・指導」ではなく「業務上の対応方針明確化・従業員の保護」に重心が置かれる。

事業者に求められる6つの措置

厚生労働省指針(令和8年2月26日公布)が定める措置の枠組みを整理する。

1. 事業主の方針等の明確化・周知啓発

  • カスハラを許容しない旨の方針を明確にし、就業規則等に規定する
  • 方針と具体的内容を全従業員へ周知する(掲示・研修・イントラ等)

2. 相談・苦情に適切に対応するための体制の整備

  • カスハラに関する相談窓口を設置する
  • 相談担当者を決め、対応方法・流れをあらかじめ規定する
  • 既存のハラスメント相談窓口に一本化してもよい

3. 事後の迅速かつ適切な対応

  • 相談があった際に事実確認を迅速に行う
  • 被害者のメンタルヘルスケアを含む適切な措置を講じる
  • 再発防止策を検討・実施する

4. 業務上の適正な対応方針の策定

カスハラに該当すると判断した場合の対応手順(警告→記録→取引停止等)をあらかじめ定め、従業員が方針に沿って対応できるようにする。

5. 証拠・記録の保存体制の整備

言動の内容・日時・場所・状況を記録・保存する仕組みを作る。後日の法的対応や労災認定対応にも証拠が必要になる。

6. 従業員のプライバシー保護

相談者・行為者に関する情報を、対応に必要な範囲を超えて開示しない。相談したことによる不利益取り扱いの禁止も明示する。

措置最低限必要な対応推奨対応
方針明確化就業規則への記載社内ポスター・イントラ掲示
相談体制担当者指定・窓口設置外部委託(EAP等)との連携
事後対応事実確認手順の文書化被害者への産業医面談
対応方針カスハラ判断基準の明文化業種別対応フローチャート
記録保存発生記録の保管ルールデジタル記録・アクセス制限
プライバシー秘密保持規定相談者への定期フォロー

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就業規則・マニュアルの作り方

就業規則への記載例

既存の「ハラスメント防止規定」にカスハラを追記する形が最も合理的だ。以下に条文例を示す。


(カスタマーハラスメント防止)

第○条 会社は、顧客・取引先・第三者等(以下「顧客等」という)からの言動であって、社会通念上許容される範囲を超え、従業員の就業環境を害するもの(カスタマーハラスメント、以下「カスハラ」という)を防止するため、雇用管理上必要な措置を講じる。

2 従業員がカスハラを受けたと感じた場合は、所定の相談窓口(第○条)に申し出ることができる。

3 会社はカスハラの申告を理由として、申告者に不利益な取り扱いをしてはならない。

4 会社は、カスハラ発生時には事実確認を迅速に行い、必要な措置を講じる。対応手順は別に定める「カスタマーハラスメント対応マニュアル」による。


対応マニュアルに盛り込む項目

  1. カスハラの定義と具体的な類型(自社業種に合わせて例示)
  2. 第一次対応の手順(担当者が1人で対応しない・上司または複数名で対応・録音・時間制限)
  3. カスハラ判断の目安(社会通念上許容される範囲のチェックリスト)
  4. エスカレーションの流れ(現場担当者→管理者→法務・顧問弁護士→警察通報)
  5. 記録の取り方(発生日時・場所・内容・対応者・結果を記録用紙またはシステムへ)
  6. 被害者サポート(上司への報告義務・産業医・相談窓口の案内)
  7. 顧客等への対応方針(警告文の例文・取引停止・入店拒否の判断基準)

業種別の留意点

業種特有のカスハラリスク対応ポイント
小売・飲食レジ・クレーム対応での長時間拘束・怒鳴り対応時間の上限設定・バックオフィスへの誘導ルール
建設・工事発注者・近隣住民からの要求エスカレート監督者立ち会い原則・書面確認の徹底
製造・物流納期・品質クレームの威圧的追及対応窓口の一本化・個人携帯直連絡の遮断
介護・医療利用者・家族からの繰り返し要求組織的対応の明確化・記録の精緻化

業種別の安全管理の背景は小売業の安全衛生管理飲食店の安全衛生管理も参考になる。

現場での運用と従業員保護

従業員への周知・研修

就業規則を整備しても「知らない」では機能しない。最低限の周知として次の3点が必要だ。

  1. 入社時研修への組み込み:カスハラの定義・相談窓口・報告手順を新入社員教育に追加する
  2. 定期研修での確認:年1回以上、事例を用いたロールプレイや事例共有を実施する
  3. 掲示・配布物:バックヤード・控室にカスハラ対応フローを掲示し、いつでも参照できる状態にする

現場の安全教育に関する手法の全般は安全教育の種類と実施方法を参照してほしい。

カスハラ発生時の初動対応(現場チェックリスト)

  • 担当者1人での対応を避け、上司または同僚が加わる
  • 対応開始時刻を記録する(長時間化を防ぐ)
  • 要求内容・言動を手元で書き留める(可能なら録音)
  • 「確認のうえ回答する」と伝え、その場での即答を避ける
  • カスハラと判断したら「これ以上の対応が難しい」旨を告げ、対応を終了する
  • 発生後30分以内に上司へ報告し、記録用紙に記入する
  • 被害者の心身状態を上司が確認し、必要なら産業医・相談窓口へつなぐ

記録の取り方と証拠保全

対応記録には以下の項目を必ず記載する。記録は最低3年間保管することが望ましい(労働安全衛生法上の記録保存期間を参考に)。

  • 発生日時・場所・担当者名
  • 顧客等の言動の具体的内容(できるだけ一言一句)
  • 当社の対応内容
  • 対応終了時刻・結果
  • 被害者の心身への影響(本人の申告ベース)

免責事項

本記事は一般的な参考情報であり、法的・専門的な助言を提供するものではない。改正法・指針の解釈、就業規則の記載内容、個別事案への対応については、所轄の労働基準監督署または社会保険労務士等の専門家に必ずご確認いただきたい。本記事の記載内容は執筆時点(2026年6月)の情報に基づくものであり、その後の法令改正・指針改定によって内容が変わる場合がある。

よくある質問

Q. 中小企業も2026年10月1日から義務化の対象になるのか?

はい。改正労働施策総合推進法によるカスハラ防止措置の義務化は、業種・規模を問わず全事業主が対象であり、大企業・中小企業の区別なく2026年10月1日から適用される。パワハラ義務化では中小企業に猶予期間が設けられたが、カスハラでは同一施行日とされている点に注意が必要だ。

Q. 既存のパワハラ・セクハラ規定にカスハラを追記するだけでよいか?

既存のハラスメント防止規定にカスハラを追記することは有効だ。ただし、カスハラは「行為者が社外の第三者」という特性があるため、就業規則の条文に加え、業種・業態に合わせた対応マニュアルの整備が不可欠だ。判断基準・エスカレーション手順・取引停止の判断基準など、現場が使える形に落とし込んでおく必要がある。

Q. カスハラかどうか迷う場合、誰が判断するのか?

現場担当者が単独で判断する必要はない。マニュアルに「社会通念上許容される範囲を超えるかどうかは上司が組織として判断する」と明示し、現場は記録・報告に徹し、判断は管理者以上が行う仕組みにすることが重要だ。判断が難しいケースは、顧問社労士や弁護士への相談をあらかじめフローに組み込んでおく。

Q. 顧客への対応拒否・入店拒否は法律上問題ないか?

社会通念上許容される範囲を超えたカスハラに対して、取引・対応を断ること自体は不当拒絶にはあたらない。ただし、差別的な理由による拒絶と混同されないよう、カスハラを理由とする判断プロセスと記録を必ず残すことが肝要だ。具体的な判断は事業の内容・状況によって異なるため、法律の専門家への確認を推奨する。

Q. カスハラを受けた従業員が労災申請した場合、会社はどう対応するのか?

令和5年9月改正の精神障害労災認定基準では、カスハラは独立した心理的負荷の評価項目となっている。会社としては①発生記録の提出協力、②被害者への適切なケア実施の証明、③防止措置の実施状況の確認が求められる。措置を講じていたかどうかが、会社の安全配慮義務の履行可否に関わる。詳細は労働災害の初動対応と報告手順も参照してほしい。

Q. 安全衛生委員会でカスハラを審議すべきか?

衛生委員会の審議事項として「労働者の精神的健康の保持増進を図るための対策」が含まれる(労働安全衛生規則第22条)。カスハラは精神障害労災の要因となりうるため、衛生委員会での定期審議・対応状況の報告が推奨される。安全衛生委員会の運営については安全衛生委員会の運営と活性化を参照してほしい。

まとめ

カスタマーハラスメント防止措置の義務化(2026年10月1日施行)は、全業種・全規模の事業主に対して就業規則整備・相談体制構築・対応手順策定を求める。対応すべき要点を整理すると——

  1. 定義の理解:「社会通念上許容される範囲を超え、就業環境を害する顧客等の言動」がカスハラの法律上の定義だ
  2. 施行日の確認:2026年10月1日から業種・規模を問わず全事業主に義務が発生する
  3. 就業規則の整備:ハラスメント防止規定にカスハラを追記し、対応マニュアルを別途策定する
  4. 相談体制の整備:既存のハラスメント相談窓口にカスハラを追加し、担当者を明確にする
  5. 現場への周知・研修:対応フローの掲示・入社時研修・年1回以上の定期研修を実施する
  6. 記録・証拠保全:発生都度、日時・内容・対応を記録し3年以上保管する

施行まで時間はない。まず就業規則とマニュアルの整備から着手し、専門家(社会保険労務士・弁護士)の確認を経てから周知・研修へ進む流れが現実的だ。

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