「定年後の再雇用で清掃に入っていた68歳のパートさんが、フロアで転んで大腿骨を折った」——中小事業者の安全担当者から、こうした相談が確実に増えている。労働力人口の縮小と70歳就業確保の努力義務化が重なり、現場には60代後半から70代前半の労働者が当たり前に立つ時代になった。一方で、60代以上の労災発生率(千人率)は20代の約2倍に達し、転倒・墜落・腰痛・熱中症といった「加齢に起因する事故」が急増している。
本記事では、業種を分けた高齢労働者労災5パターンを事例として再構成し、何が起きたか・なぜ起きたか・どう防げたかを掘り下げる。そのうえで、エイジフレンドリーガイドラインに基づく5軸の職場改善を実装事例ベースで整理し、最後にエイジフレンドリー補助金を活用した投資判断の例まで踏み込む。
法令の構造を体系的に押さえたい方は、姉妹記事の改正高齢者雇用安定法とエイジフレンドリーガイドライン|70歳就業確保時代の労災対策を併読してほしい。本記事は「事例で動く側」、B22は「条文で動く側」を担当する。
高齢労働者のヒヤリは「言いにくい」 — 安全ポスト+ はQRで匿名報告、AIが4M分析。本人のプライドを傷つけずに転倒・腰痛・聴き取りミスの兆候を集められる。無料プランあり。
なぜ60代以上の労災が増えているのか
具体的な事例に入る前に、数字の背景を短く確認しておく。
60代の千人率は20代の約2倍
厚生労働省「令和5年高年齢労働者の労働災害発生状況」によれば、休業4日以上の死傷者のうち**60歳以上が占める割合は約29%**に達し、過去最高水準で推移している。年齢階層別の千人率(労働者千人あたりの死傷者数)を見ると、加齢とともに上昇する傾向が明確だ。
| 年齢階層 | 男性千人率 | 女性千人率 |
|---|---|---|
| 20〜24歳 | 2.7 | 1.4 |
| 40〜44歳 | 2.1 | 1.6 |
| 60〜64歳 | 3.7 | 3.6 |
| 65〜69歳 | 4.3 | 5.1 |
| 70歳以上 | 4.6 | 5.8 |
60代女性の千人率は20代女性の約2.5〜4倍、男性でも1.4倍前後で、後半になるほど開きは大きくなる。事故の型別では「転倒」と「墜落・転落」が圧倒的に多く、両者で60歳以上労災の半数近くを占める。
加齢が事故を「重く」する
事故の発生率だけでなく、重篤度も加齢で押し上げられる。20代なら打撲で済む転倒が、60代では大腿骨頸部骨折・脳出血に発展する。骨密度・筋力・回復力の低下が、同じ衝撃を全く別の結果に変えてしまうためだ。
身体機能側の主な変化は次の通りだ。
- 平衡機能の低下:閉眼片足立ちの保持時間は60代で20代の半分以下
- 下肢筋力の低下:60代で20代比約70%、70代では約60%
- 明暗順応の遅れ:暗所進入時の見え方が回復するまで2〜3倍の時間
- 聴覚機能の低下:高音域から低下し、警報音・後方からの接近音が聞き取りにくい
- 反応時間の延長:危険認知から回避動作までが約1.3〜1.5倍
つまり、事故が起きやすく、起きたときに重い——これが高齢労働者労災の構造である。
高齢労働者労災5パターン|実例から学ぶ
ここからは、業種・場面別に5つの典型パターンを事例として整理する。固有名詞はすべて伏せ、状況・発生メカニズム・教訓のみを抽出している。
事例① 清掃業|モップ作業中の床面転倒(68歳・女性)
状況
商業ビルの早朝清掃を担当していた68歳のパート従業員Aさん。ビル入口付近のロビー床面でモップ掛けをしていた際、自分が水拭きした直後のタイル床に踏み込み、足を滑らせて転倒。後頭部を強打し、救急搬送先で硬膜下血腫と診断され、入院1か月・休業3か月の重傷となった。
何が起きたか
- 早朝5時台の作業で、ロビー照明は最低限の節電モードのまま(推定100ルクス以下)
- 水拭き直後の床面に「滑り注意」の三角看板を設置するルールがあったが、看板の数が不足し、Aさんは設置せずに作業していた
- Aさんは前日からの軽い眩暈を自覚していたが、「迷惑になる」と申し出ていなかった
- 履いていたのは家から持参したスニーカーで、靴底は摩耗してパターンが消えていた
教訓
この事案は「人 × 環境 × 装備」の3要素がすべて高齢者不利の方向に揃った結果起きた。早朝の暗い照明、水で濡れた滑りやすい床、摩耗した靴底、申し出にくい体調変化——どれか1つでも逆方向に振れていれば、転倒はしなかった可能性が高い。
実装の方向性は明快だ。
- 清掃エリアの作業時間中だけ照度を上げる(人感センサー連動でコスト負担を抑制)
- 滑り止め床材または滑り止め塗装への切り替え(エイジフレンドリー補助金の対象)
- 滑りにくい業務用シューズの会社支給(個人持参の禁止)
- 体調の自己申告を恥としない朝礼のルーチン化(「今朝の体調を1〜5で」の口頭確認)
事例② 警備業|立位警備中の起立性失神(71歳・男性)
状況
イベント会場の交通誘導を担当していた71歳の警備員Bさん。真夏の屋外で、ヘルメットと反射ベストを装着し、3時間連続で立位での誘導業務を続けていた直後、本人の意識が遠のき、その場に崩れ落ちた。後頭部を縁石に打ちつけて頭部外傷、休業2か月。
何が起きたか
- 当日の気温は32℃、WBGT値は28を超える厳重警戒レベル
- Bさんは降圧剤を服用していたが、警備会社はそれを把握していなかった
- 1時間ごとの交代がルールだったが、当日は他の警備員が体調不良で欠勤し、連続3時間の立番が発生
- 給水休憩は「自己判断で取れ」という運用で、本人は遠慮して取らなかった
- 立位姿勢の長時間維持により静脈還流低下→脳血流低下が起き、起立性失神に至った
教訓
警備業は60代以上の比率が非常に高い業種だが、現場では「立っているだけだから楽な仕事」と誤解されがちだ。実際には、長時間立位は循環器系・筋骨格系への負荷が大きく、加齢でその影響は急増する。
- WBGT値による作業ルール(強制休憩・冷却対応)の標準化
- 既往歴・服薬情報の事前把握と、それに応じた配置の調整(降圧剤服用者は炎天下の長時間立位を避ける)
- 交代要員が確保できない場合の任務縮小プロトコル(人がいなければ作業を減らす判断ルール)
- 立位の合間に座れる簡易腰掛けの支給
降圧剤の情報を把握する仕組みは個人情報の扱いに配慮が必要だが、産業医面談や雇入時の自己申告書で「炎天下作業時に注意すべき服薬の有無」だけを聞く工夫で十分に機能する。
事例③ 建設業|屋根上作業からの墜落(65歳・男性)
状況
築30年の戸建て住宅で屋根材の補修工事を担当していた65歳の職人Cさん。経験40年のベテランで、足場を組まずに屋根に上って作業をしていた。屋根の端で身体を移動した瞬間、苔で滑った瓦に足を取られ、約4.5mの高さから墜落。腰椎圧迫骨折・骨盤骨折で全治8か月、復職困難となった。
何が起きたか
- 高さ2m以上の作業だが、足場・親綱の設置はなし
- 墜落制止用器具(フルハーネス)は支給されていたが、Cさんは「動きにくい」と装着していなかった
- 雇用主は「経験のあるベテランだから判断は任せている」という認識
- Cさんは前夜から右膝に違和感があったが、「いつものこと」として申し出なかった
- 作業前のリスクアセスメントは口頭の「気をつけて」のみで、書面化されていなかった
教訓
建設業の高齢職人は、「身体の衰え」を「経験で補える」と信じる傾向が強い。しかし、平衡機能・反射速度・筋力の低下は、経験では取り戻せない領域だ。「ベテランだから安全」は、最も危険な思い込みである。
- 屋根作業は2m基準にかかわらず足場・親綱を標準装備(書類送検事案①と同じ構造の失敗を繰り返さない)
- フルハーネス未装着は作業停止権を現場全員に与える(年下の作業員も止められる文化)
- 「ベテラン任せ」の打破——書面リスクアセスメントを全作業で義務化
- 60歳以上の高所作業者には年1回の体力チェック(厚労省「転倒等リスク評価セルフチェック票」)
事例④ 農業|真夏の畑作業中の熱中症(72歳・男性)
状況
農業生産法人で野菜の収穫作業を担当していた72歳のDさん。7月下旬の正午前後、ハウス内で約2時間続けて収穫作業を行った後、立ち上がろうとした際にめまいを訴え、その場で倒れ込んだ。Ⅲ度熱中症で救急搬送され、3日間集中治療室で経過観察となった。
何が起きたか
- ハウス内の温度は外気32℃に対して38℃を超えていた(WBGT値33以上、危険レベル)
- Dさんは経験45年で「いつもこの時期はこれくらい暑い」という認識
- 朝のうちにペットボトル500mlを1本飲んだだけで、追加の給水はなかった
- 高血圧と軽度糖尿病の既往があり、定期健診では「夏季は屋外作業を控えるよう」と意見が付されていたが、本人と経営者で共有されていなかった
- ハウス内には温湿度計がなく、WBGT測定器もなかった
教訓
農業は労働安全衛生法の適用が薄いと誤解されてきた業種だが、農業生産法人は明確に労安衛法の適用事業者である。さらに、農業労災は近年急増しており、特に真夏の熱中症と農業機械事故が二大リスクだ。
- ハウス・畑へのWBGT測定器の設置(数千円から購入可能)
- WBGT値による作業中止ルールの事前合意(28以上で警戒、31以上で原則中止)
- 高齢者は作業時間を朝夕に再配置(午前6〜9時/午後4〜7時など)
- 健診結果で「夏季屋外作業制限」の意見が出た者は、経営者まで確実に届く運用にする
- 塩飴・経口補水液の常備と、強制給水休憩(30〜45分ごと)
事例⑤ 介護業|移乗介助時の腰痛発症(63歳・女性)
状況
特別養護老人ホームで夜勤を担当していた63歳の介護職員Eさん。体重75kgの利用者をベッドから車椅子に移乗させようとした際、急性腰痛を発症。立ち上がれなくなり、救急搬送先で腰椎椎間板ヘルニアと診断された。休業6か月後、軽作業への配置転換を経て退職。
何が起きたか
- 夜勤体制は2人で利用者30名を担当する慣行で、Eさんは「もう一人を待つと遅くなる」と単独で移乗を実施
- 施設にはリフター(電動移乗機)が1台あったが、夜勤帯は「使い方を覚えるのが面倒」という理由で使われていなかった
- Eさんは過去3年で2回、軽度の腰痛で短期休業歴があったが、再発時の作業制限はなかった
- ノーリフティング(持ち上げない介護)のポリシーは法人として打ち出していたが、現場には浸透していなかった
- 持ち上げ動作の正しいボディメカニクス教育は、入職時1回きりだった
教訓
介護業の腰痛は、**「個人の体力不足」ではなく「組織の運用設計不良」**として捉え直す必要がある。厚労省「職場における腰痛予防対策指針」は、原則として人力での移乗を行わないノーリフティングを推奨している。
- リフター・スライディングシート・スライディングボード等のノーリフティング機器を全フロアに配備
- 夜勤帯でも使える運用(充電場所・収納場所の最適化)に再設計
- 60歳以上の介護職員には移乗業務の上限ルール(リフター必須・補助者必須)
- 腰痛既往者は配置を見直す運用(夜勤・移乗業務からの段階的離脱)
- ノーリフティング研修の年1回再教育(入職時1回では行動変容は定着しない)
エイジフレンドリー補助金は、介護リフター・移乗機器の購入も対象になる。中小規模の介護事業者にとっては、補助金活用が機器導入の最大の追い風だ。
5事例に共通する3つのパターン
5つの事例を並べてみると、共通する構造が見えてくる。
- 「ベテランだから大丈夫」という思い込み(事例②③④)
- 「言いにくいから言わない」体調・違和感(事例①②③)
- 「個人の慣れ」が「組織のルール」を上回る(事例①④⑤)
3つとも、現場のヒヤリ・違和感を匿名で吸い上げる仕組みがあれば早期に芽を摘めた可能性が高い。安全ポスト+はQRで匿名報告、AIが4M分析。世代別の転倒・腰痛・熱中症リスクも自動集計できる。
👉 無料で試す
5軸の職場改善|実装事例で読み解くロードマップ
エイジフレンドリーガイドライン(2020年厚労省策定)は、高齢労働者の安全と健康確保のために事業者が取り組むべき事項を体系的に示している。本章では、ガイドラインを5つの軸に整理し、それぞれ実装事例を示す。
軸1:身体機能の低下を補う作業環境
実装事例:物流倉庫A社(従業員45名、ピッキング業務)
- 照度を一段階引き上げ:通路100→300ルクス、ピッキング棚300→750ルクスへ。LED交換と人感センサーで電気代は逆に12%減
- 温度ゾーニング:冷蔵区画の作業者に防寒着とエアーカーテンを支給、常温区画との往復頻度を減らすレイアウト変更
- 休憩室の改装:背もたれ付きの椅子、トイレ近接、給水器の設置
導入総額210万円のうち、150万円がエイジフレンドリー補助金で補填された。導入後1年で60代以上の労災ゼロを達成。
軸2:転倒・墜落・転落の防止
実装事例:食品工場B社(従業員80名、加工ライン)
- 床面の段差解消:高さ20mmの段差4箇所をスロープ化(1箇所あたり工事費約3万円)
- 滑り止め床材:油・水を扱う調理区画にノンスリップシート貼付
- 通路・階段の両側手すり:従来は片側のみだった階段に手すりを追加
- 脚立作業の廃止:高所棚の在庫を中段にレイアウト変更し、脚立使用回数を月60回→月5回に削減
- 昇降型作業台への置き換え:固定脚立を電動昇降台に切り替え
導入総額180万円。導入後2年で転倒災害が4件→0件に減少。
軸3:設備・機械の見直し(人間工学)
実装事例:金属加工C社(従業員30名、プレス工程)
- 重量物のリフター化:30kg以上の金型交換にリフターを導入、女性・高齢者でも単独運搬可能に
- 作業台の電動昇降化:身長差・姿勢に応じて高さ調整できるようにし、腰痛申告が年8件→2件に減少
- 表示の大型化:制御盤のスイッチ文字を14pt→24ptに拡大、コントラスト比4.5:1以上を確保
- 視覚的警報の併設:プレス動作中のパトライト点滅を追加、聴覚低下を補完
- パワーアシストスーツの試験導入(補助金で2台購入、月次でローテーション利用)
エイジフレンドリー補助金で総額の約50%が補填。
軸4:作業内容・作業時間の調整
実装事例:建設会社D社(従業員25名、新築・改修工事)
- 高所作業からの段階離脱:60歳到達時に「高所作業頻度を月10日以下に抑える」キャリアプランを本人と合意
- 作業ローテーション:墜落リスクの高い屋根作業と、地上での墨出し・段取り作業をペア化し、半日ごとに交代
- 休憩頻度の増加:従来「2時間作業+15分休憩」を「90分作業+15分休憩」に変更
- 深夜業の制限:60歳以上は原則22時以降の作業に従事させない運用
- 特定業務従事者健診を半年に1回実施
ローテーション制度導入後、60代職人の腰痛申告は3年で半減し、退職年齢の平均が62歳→66歳に上昇。離職率改善=採用コスト削減という形で経営にも還元された。
軸5:健康管理・疾病管理との連動
実装事例:警備会社E社(従業員120名、施設・交通誘導)
- 就業区分の3段階運用:通常勤務/時間制限/配置制限の3区分を、産業医意見と健診結果で年1回見直し
- 服薬情報の自己申告:「炎天下作業に注意すべき服薬の有無」のみを年1回確認(個人情報配慮)
- 転倒等リスク評価セルフチェック票を年1回実施、ハイリスク判定者は屋外長時間立位から外す
- 体力測定:握力・閉眼片足立ち・10m歩行を年1回測定し、推移を個人ファイルに記録
- 健康保険組合との連携(コラボヘルス):受診率向上で重症化を予防
導入後3年で熱中症・失神事案が年4件→0件に減少。労災保険のメリット制で保険料率も改善した。
エイジフレンドリー補助金|中小事業者の投資加速装置
エイジフレンドリー補助金は、高齢労働者の労働災害防止に取り組む中小事業者向けの厚労省補助制度(実施主体は労働者健康安全機構)である。上限100万円・補助率1/2を原則に、職場環境改善・健康保持増進・コラボヘルスの3コースを軸に運用されている。
中小事業者にとっての実用度
職場改善の最大の障壁は「設備投資の判断」だ。床改修50万円、リフター120万円、昇降台80万円——どれも単独では「うちには贅沢」と棚上げされやすい。補助金が出ることで、経営判断の心理ハードルは劇的に下がる。
実装事例で挙げたA社(210万円→補助150万円)・C社(補助率約50%)・E社(健康管理機器の一部補助)は、いずれも補助金活用で投資判断が前倒しになったケースだ。
補助金活用の典型パターン
| 業種 | 申請内容 | 補助額の目安 |
|---|---|---|
| 清掃・ビルメン | 滑り止め床材、業務用シューズ、人感照明 | 30〜70万円 |
| 物流・倉庫 | 自動倉庫、リフター、温度ゾーニング設備 | 50〜100万円 |
| 製造(プレス・加工) | 昇降型作業台、パワーアシストスーツ、視覚警報 | 60〜100万円 |
| 介護・福祉 | 移乗リフター、スライディングシート、研修費 | 40〜100万円 |
| 警備・サービス | WBGT測定器、給水設備、健康管理ソフト | 20〜80万円 |
申請を成功させる3つの要点
- 前年度中に対象設備の見積取得・社内決裁を済ませる——年度開始直後の数週間で予算上限到達するケースがある
- 工事・購入は交付決定後に着手——事前着手は補助対象外(重要)
- 領収書・契約書・設置写真などの根拠書類を保管——後日の検査に対応できる体制
申請窓口・公募要領は、労働者健康安全機構の公式サイトと各地方の労災病院グループで毎年3〜4月に公開される。前年度から準備を始めるのが現実的だ。
改善投資の優先順位を、データで決める
設備改修も補助金申請も、「どこから手を付けるか」の優先順位設計が成否を分ける。現場で起きているヒヤリの分布を匿名データで可視化できれば、優先順位は自然に決まる。
安全ポスト+ はQRで匿名報告、AIが4M分析。世代別・場所別・時間帯別のリスクパターンを自動集計し、補助金申請の根拠資料にも使える。
👉 無料で試す
経営者・安全担当者チェックリスト
5事例と5軸の改善策を踏まえ、自社の現状を点検するチェックリストを示す。
体制・把握
- 60歳以上の従業員数と配置場所を最新の名簿で把握しているか
- 高齢労働者の安全衛生について、経営トップが経営課題として扱っているか
- 高齢者を含むリスクアセスメントを年1回以上実施しているか
環境・設備
- 通路・階段の照度を実測したことがあるか(JIS推奨より一段階明るく)
- 床面の段差・滑りやすさを点検し、改修計画があるか
- 高所作業の足場・親綱・フルハーネスを標準装備としているか
- 重量物の機械化・パワーアシストを検討しているか
- WBGT測定器を屋外・ハウス・高温作業区画に設置しているか
作業・時間
- 60歳以上の作業時間ローテーションを設計しているか
- 深夜業・連続夜勤の制限ルールがあるか
- 60歳到達時のキャリア面談・配置見直しを行っているか
- 休憩頻度を世代別に調整できる運用か
健康・教育
- 定期健診結果に基づく就業区分の見直しを年1回行っているか
- 服薬情報(夏季作業に注意すべきもの)を本人申告で把握しているか
- 転倒等リスク評価セルフチェック票を年1回実施しているか
- 高齢者向けの安全教育(転倒予防体操等)を追加実施しているか
報告・改善
- ヒヤリハットを匿名で報告できるルートがあるか
- 「言いにくい体調変化」を朝礼・面談で吸い上げる仕組みがあるか
- 報告データを世代別に分析し、経営層が定期確認しているか
補助金・投資
- エイジフレンドリー補助金の公募要領を確認しているか
- 補助金活用の前提となる「対象設備の見積」が前年度中に整っているか
5項目以上「いいえ」がある場合は、優先順位を付けて今期中に1〜2項目から着手することを推奨する。完璧な実装より、走りながら直す姿勢のほうが現実的だ。
よくある質問
Q. 60歳以上を雇用していない事業者でも、エイジフレンドリー対応は必要か?
将来的に必要になる可能性は極めて高い。65歳までの雇用確保は法的義務、70歳までは努力義務として既に課されており、再雇用・中途採用で60代の労働者を迎える局面は遠くない。設備投資には時間がかかるため、現時点で60歳以上ゼロでも、向こう3〜5年を見据えた職場改善計画は立てておく価値がある。
Q. 安全装備(フルハーネス・滑り止め靴等)の支給は、会社負担と個人負担のどちらか?
業務上必要な保護具は、原則として会社負担で支給するのが安全配慮義務の観点から適切である。労働安全衛生規則上、個別の規定があるもの(墜落制止用器具・呼吸用保護具等)は会社支給が前提だ。「個人持参で済ませる」運用は、事故時の安全配慮義務違反の根拠になり得る。
Q. 高齢者の健康情報を把握することは個人情報保護の観点で問題ないか?
業務遂行上必要な範囲であれば、本人同意を得て収集することは適法だ。「炎天下作業に注意すべき服薬の有無」だけを本人申告で確認するなど、用途と最小化の原則を明示すれば現実的に運用できる。健康情報は産業医・衛生管理者など限定された担当者のみがアクセスする仕組みを整える。
Q. 「ベテランだから安全だ」と本人も周囲も信じている場合、どう介入すべきか?
データで会話するのが最も摩擦が少ない。「60代の千人率は20代の約2倍」「同じ事故でも休業日数が長い」という事実を、属人化せず一般論として共有する。匿名ヒヤリハット報告を世代別に集計し、自社の傾向を可視化することで、本人も「自分のことではなく、構造の問題」として受け入れやすくなる。
Q. エイジフレンドリー補助金の申請を業者に丸投げしてもよいか?
申請代行サービスを利用すること自体は問題ないが、対象設備の選定だけは自社で主体的に行うことを推奨する。代行業者が薦める設備が必ずしも自社の労災リスクに合致するとは限らないためだ。労働者健康安全機構・産業保健総合支援センターは無料の相談窓口を運営しており、まずはこちらを活用するのが堅実だ。
Q. 60代以上の労働者に「危ない作業は避けてもらう」のは差別にならないか?
合理的な配慮の範囲内であれば、年齢を理由とした差別には当たらない。エイジフレンドリーガイドラインが推奨する「身体機能の状況に応じた配置の見直し」は、本人の安全と継続雇用を両立する取り組みであり、雇用機会均等法・高年齢者雇用安定法の趣旨にも合致する。重要なのは、本人との合意形成プロセスを経ること、配置転換に伴う賃金・処遇の不利益変更を避けることだ。
まとめ
高齢労働者の労災増加は、現場の宿命ではなく、構造的に対応可能な経営課題である。
- 5事例の共通構造:「ベテランだから大丈夫」「言いにくいから言わない」「個人の慣れがルールを上回る」の3パターン。業種を問わず再現される。
- 5軸の職場改善:身体機能の補助/転倒・墜落予防/設備人間工学/作業時間調整/健康管理連動。それぞれに実装事例が存在し、コスト感も見える。
- エイジフレンドリー補助金:上限100万円・補助率1/2。投資判断の心理ハードルを劇的に下げる。前年度準備が成功の鍵。
- チェックリストで自社診断:体制・環境・作業・健康・報告・投資の6カテゴリーで点検し、優先順位を決める。
- 匿名ヒヤリ報告の制度化:「言いにくい体調変化」を組織に上げる仕組みが、最大の予防装置になる。
70歳まで現役で働ける職場は、20代・30代にとっても安全で働きやすい職場になる。年齢にかかわらず誰もが安全に働けるユニバーサル設計の発想で、設備・作業・健康管理を見直すこと。それが、5事例から学ぶべき最大の教訓だ。
法令の構造を体系的に押さえたい方は、改正高齢者雇用安定法とエイジフレンドリーガイドライン|70歳就業確保時代の労災対策 を併読してほしい。
関連記事
- 改正高齢者雇用安定法とエイジフレンドリーガイドライン|70歳就業確保時代の労災対策
- 中小企業の労災事例|書類送検された5社の共通点と再発防止の教訓
- ヒヤリハットの裏側10選|現場で実際にあった「あと一歩」の物語
- ヒヤリハット報告を増やす5つの方法
- 4M分析とは|労働災害の原因を見つける4つの視点
現場改善に役立つ関連アプリ
GenbaCompassでは、安全ポスト+以外にも現場のDXを支援するアプリを提供している。
| アプリ名 | 概要 | こんな課題に |
|---|---|---|
| 安全ポスト+ | QRコードで匿名ヒヤリハット報告、AIが4M分類 | 高齢労働者のヒヤリを匿名で集めたい |
| AnzenAI | KY活動記録・安全書類作成の効率化 | 高齢者向け作業手順書を整備したい |
| know-howAI | ベテランの知見をナレッジ化・継承 | 退職前のベテラン技能を残したい |
| WhyTrace Plus | 5Why分析で労働災害の根本原因を究明 | 高齢者労災の真因を体系的に分析したい |
詳しくは GenbaCompass をチェック。