通勤途中に信号待ちで追突された。他社の作業員が落下させた工具で負傷した。納品業者の運搬車にひかれた──。こうした「第三者が起こした労災」は、給付請求と並行して損害賠償の調整という独特の事務が発生する。一歩間違えると、労災給付を受けられなくなったり、加害者に求償できなくなったりする落とし穴がある。本記事では、第三者行為災害の定義から求償・控除・示談の手順、自賠責との併給調整まで、人事・労務担当者が現場対応できる粒度で整理する。
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第三者行為災害とは何か
第三者行為災害とは、労働者の業務上または通勤による負傷・疾病・障害・死亡が、事業主および被災労働者以外の第三者の不法行為等によって生じ、その第三者が被災労働者または遺族に対して損害賠償義務を負うものをいう(労働者災害補償保険法第12条の4/厚生労働省「第三者行為災害のしおり」)。
「第三者」とは、労災保険関係上の当事者である政府・事業主・被災労働者以外の者を指す。同じ職場の同僚であっても、業務遂行上の指揮命令系統が異なるケースなどでは第三者になり得る。一方、同一事業主の指揮下で働く同僚が誤って加害した場合は第三者行為災害にはならず、純然たる業務災害として処理される。
法律上の位置づけ
第三者行為災害が起こると、被災労働者は次の2つの請求権を併せ持つことになる。
- 政府に対する労災保険給付の請求権(労災保険法)
- 第三者に対する損害賠償請求権(民法第709条 不法行為等)
この2つは同一の損害に対して二重に補填されてはならないというのが大原則だ。そのため労災保険法第12条の4は、政府が労災給付を行ったときは「給付の価額の限度で、被災者の第三者に対する損害賠償請求権を取得する」と定めている。これが求償である。逆に被災者が先に第三者から損害賠償を受けた場合、政府はその価額の限度で労災給付を行わなくてよい。これが控除だ。
典型例:第三者行為災害になるケース
実務でよく出てくるパターンを整理しておく。
| 類型 | 状況 | 第三者 |
|---|---|---|
| 通勤中の交通事故 | 自転車通勤中に対向車にはねられた | 自動車運転者 |
| 業務中の交通事故 | 営業外出中に追突された | 相手車両運転者 |
| 他社作業員の加害 | 同一現場で働く下請会社作業員が落下させた資材で負傷 | 他社作業員(およびその使用者) |
| 第三者の物の落下 | 通行中のビル外壁から看板が落下し負傷 | 看板設置者・建物管理者 |
| 飲食店での事故 | 出張中に立ち寄った店舗の設備不良で転倒・負傷 | 店舗運営者(工作物責任) |
| 第三者の作為的加害 | 業務遂行中に通行人から暴行を受けた | 加害者個人 |
注意したいのは、自損事故や被災者本人の不注意のみが原因の事故は第三者行為災害にはならない点だ。電柱に自分で激突した、滑って転倒した、といった単独事故は通常の労災(業務災害または通勤災害)として処理される。
自損か他損かが争われる場合
交通事故では、過失割合が0:100ではなく7:3、5:5など双方過失のケースが多い。被災者にも過失があっても、相手方の過失分については第三者行為災害として扱われる。過失割合の認定は最終的に保険会社・裁判所が行うが、労災給付額は過失相殺されず、給付基礎日額に基づいて満額が支給されるのが原則だ(ただし、被災者の過失が重大な場合は支給制限の可能性がある/労災保険法第12条の2の2)。
第三者行為災害届の提出
第三者行為災害が発生した場合、通常の労災請求書類に加えて**「第三者行為災害届」**の提出が義務付けられる(労災保険法施行規則第22条)。
様式と部数
| 様式 | 名称 | 用途 |
|---|---|---|
| 様式第1号(届) | 第三者行為災害届 | 全ての第三者行為災害で必須 |
| 別紙 | 念書(兼同意書) | 求償・控除に関する被災者の同意 |
| 別紙 | 自動車損害賠償責任保険等の損害賠償金等支払請求書 | 自動車事故の場合 |
出典:厚生労働省「第三者行為災害のしおり」(2026年5月時点)
提出部数は正本1部・写し1部が基本で、管轄の労働基準監督署に提出する。自動車事故の場合は提出物が増えるので別途解説する。
主な添付書類
- 交通事故証明書(自動車事故の場合・自動車安全運転センター発行)
- 事故発生状況報告書(被災者・加害者双方の供述、現場見取り図)
- 示談書の写し(示談が成立している場合のみ)
- 念書(兼同意書) — 政府の求償権行使に同意する旨の書類
- 死亡診断書または死体検案書(死亡災害の場合)
- 戸籍謄本(遺族給付請求と併せて提出する場合)
「第三者行為災害届」は通常の請求書(療養・休業・障害・遺族 等)と同時に提出する。請求書だけ出して届を後回しにすると、給付決定が保留されることがあるため要注意だ。
「念書(兼同意書)」の意味
念書には次の3点を記載する。
- 求償への協力 — 政府が第三者に対して求償権を行使することに協力する
- 示談前の通知義務 — 示談を行う場合は事前に労基署に通知する
- 損害賠償の受領通知 — 第三者から損害賠償を受け取った場合は労基署に通知する
この念書は形式的な書類に見えるが、後述する示談トラブルを防ぐ実務上の要だ。署名押印して提出する前に、被災労働者本人に内容を十分説明しておきたい。
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求償と控除の仕組み
労災保険給付と損害賠償の調整が、第三者行為災害の最大の山場だ。
求償(労災給付が先行した場合)
労災給付が先に行われた場合、政府は給付の価額の限度で被災者の第三者に対する損害賠償請求権を取得する(労災保険法第12条の4第1項)。これを求償と呼ぶ。
求償が行われる給付の範囲は、原則として災害発生から3年以内に支給事由が生じた給付に限られる(厚生労働省「第三者行為災害における求償と控除」運用通達による)。3年経過後の給付については、政府は求償権を行使しないのが実務だ。
求償の流れ:
- 労基署が労災給付を支給決定
- 第三者(または自賠責保険会社・任意保険会社)に対して給付額相当を請求
- 第三者側が支払い → 政府の国庫に戻入
- 被災者は労災給付を受けたうえで、自賠責・任意保険からの未填補分(慰謝料、過失相殺後の財産損害 等)を別途請求する
控除(損害賠償が先行した場合)
逆に被災者が第三者から損害賠償を先に受けた場合、政府は受領額の限度で労災給付を行わなくてよい(労災保険法第12条の4第2項)。これを控除と呼ぶ。
控除の対象期間も求償と同じく、災害発生から3年以内に支給事由が生じた給付に限られる。3年経過後の給付は控除対象外で、満額が支給される。
求償・控除の対象とならない給付
| 給付・支給金 | 求償・控除対象 |
|---|---|
| 療養(補償)給付 | 対象 |
| 休業(補償)給付 | 対象 |
| 障害(補償)給付 | 対象(年金は前払一時金まで) |
| 遺族(補償)給付 | 対象(年金は前払一時金まで) |
| 特別支給金 | 対象外 |
| 特別年金・特別一時金(ボーナス分) | 対象外 |
ここが重要なポイントだ。特別支給金(休業特別支給金、障害特別支給金、遺族特別支給金 等)は損害賠償との調整対象にならない(労災保険特別支給金規則/最高裁平成8年2月23日判決)。これは特別支給金が「労働福祉事業」として位置づけられ、損害填補ではなく見舞金的性格をもつためだ。
実務上、休業(補償)給付60%は労災給付として求償・控除の対象になるが、上乗せの休業特別支給金20%は対象外で被災者の手元に残る。
示談時の注意点
第三者との示談は、被災者にとって賠償金を早期に受け取れるメリットがある反面、進め方を誤ると労災給付に大きな影響が出る。
示談前の鉄則
- 必ず労基署に事前相談する — 念書で約束した通知義務でもある。示談書のドラフトを労基署または社労士・弁護士に確認してもらう
- 「全ての権利を放棄する」式の包括条項は避ける — 「本件に関して一切の請求権を放棄する」と書かれた示談書を結ぶと、後述するとおり政府の求償権までも消滅させてしまうリスクがある
- 示談金の内訳を明示する — 治療費・休業損害・慰謝料など項目を分けて記載しないと、どの部分が労災給付と重複するのか判別できない
示談で政府の求償権を消滅させない書き方
被災者が第三者と示談で「全ての損害賠償請求権を放棄する」と合意してしまうと、政府が引き受ける求償権の元となる債権が消滅し、政府は求償できなくなる。判例(最高裁昭和38年6月4日判決 等)も、「労災給付の対象となる費目について、被災者が受領した額を超える部分の請求権を放棄した場合、その範囲で政府の求償権も消滅する」と判示している。
そのため示談書には次のいずれかの工夫を入れる必要がある。
- 「労災保険給付については別途精算する」旨を明記する
- 「労災保険給付と重複しない損害についてのみ示談する」旨を明記する
- 包括的な権利放棄条項を入れる場合は、示談金額が労災給付額を上回っていることを確認する
実務的には、被災者の代理人弁護士が示談書ドラフトを作成し、労基署にも事前確認を取るのが安全策だ。
示談成立後の労災給付
示談が成立すると、その示談金の範囲で政府は労災給付を行わなくてよい(控除)。ただし、示談金が労災給付の総額を下回る場合、差額については労災給付が引き続き支給される。また、特別支給金は示談の影響を受けず満額支給される。
自賠責保険との給付調整
通勤中・業務中の自動車事故では、加害者側の自賠責保険・任意保険と労災保険の双方が関係する。これらの優先順位と調整の仕組みを押さえておく。
自賠責先行か労災先行か
法令上、被災者はどちらに先に請求するかを選択できる。実務上の使い分けは次のとおりだ。
| 先に請求する保険 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 自賠責先行 | 治療費・休業損害・慰謝料を含めて支払われる、過失相殺が緩やか(重過失減額のみ) | 上限額(傷害120万円・死亡3,000万円 等)の制約あり、慰謝料計算が低水準 |
| 労災先行 | 上限額がない、給付率が安定、休業特別支給金20%が上乗せされる | 慰謝料は労災給付の対象外 → 別途自賠責・任意保険から請求する必要 |
出典:国土交通省「自動車損害賠償保障法」、厚生労働省「労災保険と自賠責保険との調整」
重複しない費目
自賠責保険と労災保険では給付の費目が一部異なる。
| 費目 | 自賠責 | 労災 |
|---|---|---|
| 治療費 | ○ | ○(療養給付) |
| 休業損害 | ○(日額6,100円、限度19,000円) | ○(給付基礎日額の60%) |
| 慰謝料 | ○ | × |
| 逸失利益 | ○ | △(障害・遺族年金の形で部分的に) |
| 葬儀費 | ○(限度100万円) | ○(葬祭料) |
慰謝料は労災では支給されないため、必ず加害者側(自賠責・任意保険)に別途請求する必要がある。逆に労災独自の休業特別支給金(20%)は自賠責・任意保険からは支給されない。両者をうまく組み合わせるのが被災者の利益になる。
同一費目の調整方法
治療費・休業損害・葬祭料は両方の保険でカバーされるため、二重取りはできない。実務では次の処理を行う。
- 自賠責先行で受領済みの治療費 → 同額が労災給付から控除される
- 労災先行で支給済みの療養給付 → 政府が同額を自賠責保険会社に求償する
労基署と保険会社の間で「示談代行精算」や「求償書面」を通じてやり取りされ、被災者本人が個別に精算する必要はないのが通例だ。
加害者不明・無資力時の取り扱い
第三者行為災害で加害者が特定できない、または加害者が無資力・無保険の場合の処理は次のとおりだ。
加害者不明(ひき逃げ等)
加害者が判明しなくても、労災給付は通常どおり支給される。第三者行為災害届には「加害者不明」と記載し、判明し次第改めて届け出る形になる。政府は加害者が判明するまで求償権を行使できないだけで、給付自体には影響がない。
自動車事故で加害者不明の場合は、政府保障事業(国土交通省所管、自動車安全運転センター窓口)を通じて被害者救済が行われる。労災給付を受けたうえで、自賠責でカバーされなかった部分を政府保障事業に請求できる。
加害者が無資力・無保険
加害者が任意保険に未加入で資力もないケースでは、求償が実質的に困難になる。政府は求償権を保有するが、強制執行で回収できないケースが多い。被災者の損害填補は労災給付+自賠責保険+(あれば)人身傷害保険でカバーされる構図だ。
被災者本人が自身で人身傷害保険・無保険車傷害特約に加入していれば、これらから慰謝料相当額を受け取れる。労務担当者は被災者にこれらの保険加入状況を確認し、請求案内を行いたい。
加害者が同僚・取引先の場合
同じ職場の同僚であっても、別法人の派遣社員・出向社員・下請社員の加害行為は第三者行為災害になり得る。この場合の「第三者」は加害者個人と、その使用者(民法第715条 使用者責任)の両方となる。求償は通常、加害者の使用者または雇用先の損害保険会社に対して行う。
取引先関係の調整は感情的にもこじれやすいため、労務担当者は当事者間の直接交渉に介入せず、労基署・損害保険会社・代理人弁護士のルートで処理を進めるのが望ましい。
| 課題 | おすすめアプリ | 特徴 |
|---|---|---|
| 事故記録・4M分析 | 安全ポスト+ | QR匿名報告・AI自動分類 |
| 根本原因分析(なぜなぜ) | WhyTrace Plus | 5Why分析のデジタル化 |
| 安全書類作成の効率化 | AnzenAI | KY活動・リスクアセスメント |
よくある質問
Q. 第三者行為災害届を出さずに労災請求だけしてもよいか?
労災保険法施行規則上、第三者行為災害に該当する場合は届出が義務付けられている。届出を怠ると、給付決定が保留されたり、後から政府が求償できなくなる事態を招くリスクがある。請求書と同時に第三者行為災害届を提出するのが原則だ。
Q. 加害者の任意保険会社から「先に労災を使ってほしい」と言われた。応じてよいか?
実務上はよくある依頼で、応じてもかまわないが労災で完全には填補されない費目(慰謝料・特別支給金以外の財産損害 等)が残ることに注意が必要だ。労災先行で給付を受けた後、未填補分を自賠責・任意保険に請求する形になる。任意保険会社の担当者が「労災さえ使えば終わり」と誤導してくる場合は要警戒で、代理人弁護士に確認するのが安全策だ。
Q. 過失割合が高い被災者でも労災は満額もらえるのか?
労災給付は原則として過失相殺されず、給付基礎日額に基づいて算定される。ただし被災者の故意・故意の犯罪行為・重大な過失(飲酒運転、信号無視 等)による事故は支給制限の対象になり得る(労災保険法第12条の2の2)。実務上の支給制限は、休業・障害給付について30%相当の減額措置がとられる。
Q. 示談金の中に労災で対象になる費目と慰謝料が混在している。控除はどう計算されるのか?
控除は労災給付の対象となる費目に対応する示談金部分のみに適用される。たとえば示談金300万円のうち、治療費・休業損害・葬祭料相当が150万円、慰謝料が150万円なら、控除対象は150万円分だけだ。だからこそ示談書には費目別の内訳を明示するのが重要で、「示談金一括300万円」と書くと費目按分が困難になり、被災者に不利な処理がされる可能性がある。
Q. 加害者が同じ会社の上司で、業務命令で運転していた車に同乗中に事故にあった場合は?
同一事業主の指揮命令系統下にある同僚の運転による事故は、原則として第三者行為災害にはならず、純然たる業務災害として処理される。ただし、運行供用者責任(自動車損害賠償保障法第3条)に基づく自賠責保険からの填補は別途受けられる場合があるため、自動車保険会社にも確認が必要だ。
まとめ
第三者行為災害の処理で押さえるべき要点は次の5点だ。
- 第三者行為災害届の同時提出 — 通常の請求書と一緒に第三者行為災害届を出す。怠ると給付決定が保留される
- 求償・控除は災害発生から3年以内が原則 — 3年経過後の給付は調整対象外で満額支給
- 特別支給金は調整対象外 — 休業特別支給金20%、障害・遺族特別支給金(一時金)は損害賠償と重複しても満額支給
- 示談前に必ず労基署に相談 — 包括的な権利放棄条項で政府の求償権を消滅させない
- 自賠責と労災の使い分け — 慰謝料は労災対象外、特別支給金は自賠責対象外。両者を組み合わせて被災者利益を最大化
第三者行為災害は手続きが複雑だが、事故発生時の状況記録が後の調整実務を大きく左右する。現場写真、目撃者の証言、当時の作業状況といった一次情報を漏れなく記録できる体制を、平時から整えておきたい。
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| アプリ名 | 概要 | こんな課題に |
|---|---|---|
| 安全ポスト+ | QRコードで事故・ヒヤリハットを匿名報告、AIが自動で4M分類・リスク評価 | 第三者行為災害の添付資料を残したい、事故記録を体系化したい |
| AnzenAI | KY活動記録・リスクアセスメント・安全書類の作成支援 | 是正報告書や安全書類の作成に工数がかかる |
| WhyTrace Plus | AIによる5Why分析で根本原因を特定・対策を記録 | 労災の再発防止対策を論理的にまとめたい |