「外国人の作業員が増えたので、安全掲示も多言語にしたい」——現場からこんな相談を受けることが増えた。だが翻訳を並べる前に、確認すべきことがある。やさしい日本語とピクトグラムだけで、実は多くが伝わるという事実だ。本記事では掲示物に絞り、翻訳の限界とその代替策を整理する。
母語の読み書きに不安がある作業者にも届く報告窓口を — 安全ポスト+のQRコードは、ログイン不要・アプリ不要・匿名で使える。報告は音声入力にも対応しており、文字を書くのが負担な作業者でも声で危険を伝えられる。
外国人材の労働災害の実情(データで見る)
外国人労働者の労働災害は、日本人労働者より高い頻度で発生している。
厚生労働省は「令和6年の労働災害発生状況」を令和7年5月30日に公表した。これによると、2024年(令和6年)の外国人労働者の死傷年千人率は2.71だった。前年から0.06ポイント(2.2%)減ったが、全労働者平均の死傷年千人率2.35を上回る水準が続いている。
千人率とは、労働者1,000人あたりの1年間の死傷者数を示す指標だ。数値が高いほど、災害に遭う確率が高いことを意味する。国は「第14次労働災害防止計画」(令和5〜9年度)を策定している。この計画は、外国人労働者の死傷年千人率を令和9年までに全労働者平均以下へ下げる目標を掲げる。裏を返せば、行政自身が「まだ平均以下にできていない」と認めている数値だ。
原因は一様ではないが、現場でよく指摘されるのが「指示や掲示が伝わっていない」という壁だ。危険の察知や初期対応の指示が伝わらなければ、経験や技能があっても災害は防ぎきれない。
翻訳して貼る方法の限界
「多言語化=各言語に翻訳して貼る」という発想には、3つの落とし穴がある。
- 枚数が増える — 対応言語を1つ追加するたびに掲示の枚数が増える。掲示板の面積は有限で、情報が多いほど個々の掲示は読まれにくくなる。
- 更新が止まる — 標語や連絡先を変更するたびに、全言語版を作り直す必要が生まれる。多くの現場でこの更新作業が負担になり、いつしか古い掲示が放置される。
- 誤訳を検証できない — 機械翻訳にかけた文章が、意味の通る母語になっているかを社内で確認する手段がないことが多い。否定形の反転や主語の取り違えが起きても、気づけない。
そもそも、翻訳を用意しても全言語をカバーしきれない。出入国在留管理庁・文化庁の「やさしい日本語ガイドライン」によれば、在留外国人の国籍・地域は上位10だけでも幅が広い。公用語だけで9言語に及ぶ(2019年12月時点)。行政が作成する「外国人労働者向け安全衛生教育教材」でさえ、対応は最大14言語にとどまる。1つの現場で使われる母語が数か国語に分かれるケースは珍しくなく、すべてを翻訳で網羅するのは非現実的だ。
見落とされがちだが、当の外国人自身も「翻訳」を最優先には求めていない。東京都国際交流委員会の調査(同ガイドライン掲載)では、外国人が希望する情報発信の方法を尋ねている。最も多かったのは「やさしい日本語」76%で、「英語」68%を上回った。「機械翻訳された母語」は12%、「非ネイティブが訳した母語」は10%にとどまる。同じ調査では、日本語で日常生活に困らない程度以上に会話できる外国人が82.2%に達している。翻訳より先に、やさしい日本語を整えるほうが理にかなっているというのは、現場の直感だけでなく調査結果とも一致する。
やさしい日本語の書き換え原則
やさしい日本語とは、難しい語彙や複雑な文構造を避け、日本語を母語としない人にも伝わるよう調整した日本語を指す。出入国在留管理庁と文化庁は2020年8月に「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」を公開した。ここに実務で使える原則がまとまっている。安全掲示に転用する場合、特に重要なのは次の6点だ。
- 一文を短くする — 一文で言いたいことは1つだけにする。複数の内容を1文に詰め込むと、理解の負荷が急に上がる。
- 二重否定を使わない — 「〜しないわけではない」のような表現は避け、肯定形で言い切る。
- 敬語を減らす — 尊敬語・謙譲語は使わず、丁寧語(です・ます)だけに統一する。
- カタカナ語(外来語)を避ける — 適切な和語や漢語がある場合は、そちらに置き換える。
- 曖昧な表現を避ける — 「なるべく早めに」「〜くらい」のような幅のある表現ではなく、断定的な言い方にする。
- 漢字にふりがなをつける — 特に画数の多い専門語・法令用語は、ふりがな併記が有効だ。
原則だけでは実感しにくいので、掲示物でよくある文言を書き換えた例を示す。
| 変更前 | 変更後 | 適用した原則 |
|---|---|---|
| 地震などの災害が発生した場合や、体調に異変を感じた場合は、無理をせず、近くにいる責任者または管理者に速やかに知らせてください。 | 地震が起きたら、近くの責任者に知らせてください。気分が悪くなったときも、同じように知らせてください。 | 一文を短くする |
| 保護具を着用していない場合、作業を行うことはできません。 | 作業をするときは、保護具を着けてください。 | 二重否定を使わない |
| 異常を発見された際は、速やかにご報告いただきますようお願い申し上げます。 | 危ないことを見たら、すぐに報告してください。 | 敬語を減らす |
| インシデントが発生した場合は、コンプライアンス担当へエスカレーションしてください。 | 危ないことが起きたら、安全の担当者に知らせてください。 | カタカナ語を避ける |
| 体調がすぐれない場合は、なるべく早めに申し出てください。 | 気分が悪いときは、すぐに担当者に言ってください。 | 曖昧な表現を避ける |
| 墜落制止用器具を着用のうえ、親綱に確実にフックを掛けること。 | 命綱(いのちづな)を、必ず親綱(おやづな)にかけてください。 | 難しい語を避け、ふりがなをつける |
同ガイドラインには、作業服・ヘルメット・手袋の着用を求める集合案内の書き換え例も載っている。原文は「会社指定の作業服、ヘルメット、手袋を着用して、昨日と同じ時間に集まってください」。これを「(日付)午前8時に、会社が決めた作業服・ヘルメット(頭を守るもの)・手袋を持って会社に来てください」と書き換える。曖昧な時間表現(昨日と同じ時間)を避け、日時を明記している点、カタカナ語に説明を添えている点が参考になる。
なお、掲示物の文字サイズや掲示位置が悪いと、やさしい日本語で書いても読まれない。掲示そのものの視認性設計については「貼っても読まれない安全掲示の直し方」で詳しく整理している。
ピクトグラムの使いどころと注意
ピクトグラムは、日本語が読めない相手にも直感的に伝わる図記号だ。うまく使えば、言語の壁をほぼゼロにできる。
日本国内の安全標識には、JIS Z 9101という規格がある。正式名称は「図記号―安全色及び安全標識―安全標識及び安全マーキングのデザイン通則」だ。2018年改正版では、色覚の個人差があっても見分けやすい安全色6色(赤・黄赤・黄・緑・青・赤紫)が採用された。白・黒の対比色も定められている。案内表示に使われる一般的な図記号は、JIS Z 8210(案内用図記号)が対応する規格だ。2024年8月には、洪水・内水氾濫の警戒や火災用警報装置の記号が追補されている。
掲示物にピクトグラムを取り入れる際は、次の傾向を踏まえておきたい。
- 数字・色・矢印は比較的通じやすい — 「緊急時は赤」「進行方向は矢印」といった要素は、文化的な前提を必要とせず直感的に理解されやすい。
- 人物イラストの解釈は文化圏で変わることがある — ポーズや表情、服装の描写が、意図と違う意味で受け取られる可能性がある。初めて使う図柄は、実際に外国人従業員へ見せて意味が伝わるか確認する一手間を挟みたい。
- ピクトグラム単体では細かい指示を伝えきれない — 「危険」は伝わっても、「なぜ危険か」「どう対応するか」までは図だけでは限界がある。やさしい日本語の短文と組み合わせるのが現実的だ。
この設計思想は建設業に限らない。作業員のイラストを前提にしない掲示は、保育・介護・小売など第三次産業でも同様に求められる。業種を問わない掲示の考え方は「保育・介護・小売の安全掲示」で扱っている。
QRコードで多言語ページに逃がす
紙の掲示を多言語化する代わりに、紙面は1枚のまま、QRコードから先の対応を読み手の端末に委ねるという設計もある。スマートフォンのブラウザには翻訳機能が備わっており、QR先のページを読み手自身の母語表示に切り替えられる場合が多い。紙を増やさずに済む分、更新も1箇所で完結する。
もう1つ見落とされがちな視点がある。母語の読み書き自体に不安がある作業者には、翻訳ページより「声で伝えられる窓口」のほうが有効なケースがあることだ。
書くのが負担な作業者にも開かれた報告窓口を
やさしい日本語もピクトグラムも、最終的には「読んで理解する」動作を要求する。読み書きに不安が残る人には、声で伝えられる窓口を用意するのが現実的な補完策になる。
安全ポスト+のA4安全掲示ポスターは、QRコードを読むとログイン不要・アプリ不要・匿名でヒヤリハットを報告できる。報告は音声入力にも対応しており、文字を書くのが負担な作業者でも、声で危険の気配を伝えられる。報告内容はAIが匿名化したうえで4M(Man・Machine・Material・Method)の観点から自動分類する。
紙面に載せるQRは1つに絞るのが原則だ。複数のQRを並べると、どれを読めばいいか判断できず、結局どれも読まれない。
掲示と教育の役割分担
ここまで整理してきたのは、あくまで掲示物の作り方だ。掲示だけで安全は担保できない。掲示は「その場で思い出させる」役割にとどまり、危険を察知する力そのものは教育でしか育たない。
やさしい日本語での指導、ピクトグラムを使った危険予知訓練、母語での質疑応答の場。こうした教育的な取り組みは、掲示物とは別に設計する必要がある。詳しくは「外国人労働者向けの多言語安全教育」で解説している。掲示は教育の効果を現場で思い出させるリマインダーであり、教育の代替にはならない。両方を組み合わせて初めて、災害防止の効果が期待できる。
本記事は一般的な参考情報であり、法的・専門的な助言を提供するものではありません。やさしい日本語化の適用範囲や、外国人労働者への安全衛生教育の実施方法は個別の事情で異なる。判断に迷う場合は、厚生労働省・出入国在留管理庁などの公的資料、または社会保険労務士等の専門家にご確認ください。記載内容は執筆時点の情報に基づきます。
まとめ
外国人材向けの安全掲示は、翻訳よりやさしい日本語とピクトグラムを先に整えるほうが効果的だ。
- 外国人労働者の死傷年千人率は2.71(令和6年)で、全労働者平均の2.35を上回る
- 翻訳を並べる方法は、枚数増加・更新停止・誤訳の未検証という3つの壁にぶつかる
- 外国人自身の76%が「やさしい日本語」での情報発信を希望しており、翻訳頼みの発想は当事者のニーズともずれている
- やさしい日本語は「一文を短く」「二重否定を避ける」「敬語を減らす」など6原則で書き換えられる
- ピクトグラムは数字・色・矢印が通じやすい一方、人物イラストは文化差による誤解に注意する
- QRコードで多言語ページ、あるいは音声入力の窓口に逃がすことで、紙面を1枚に保てる
- 掲示は教育の代替にはならず、両方の組み合わせで初めて効果が出る
まずは今貼っている掲示物を1枚選び、やさしい日本語の6原則に沿って書き換えてみることから始めてほしい。
よくある質問
Q. やさしい日本語と多言語翻訳、どちらを優先すべきか?
まずやさしい日本語で原文を整えるのが先だ。翻訳は、やさしい日本語にしても伝わらない場合の補完として位置づけるほうが、更新や検証の負担が小さい。
Q. ピクトグラムだけで、日本語表記のない掲示は成立するか?
「危険」「禁止」といった単純な合図は図だけでも伝わりやすいが、具体的な対応手順までは図単体で伝えきれない。短いやさしい日本語との併記が現実的だ。
Q. やさしい日本語で書けているか、自分で確認する方法はあるか?
出入国在留管理庁・文化庁のガイドラインでは、文章の難易度を診断する無料の書き換え支援ツールがいくつか紹介されている。掲示文をチェックする際の参考になる。
Q. QRコードを設置すれば、紙自体の多言語表記は不要になるか?
完全に不要にはならない。QRの案内自体が読めなければ、読み手はコードにたどり着けない。「QRを読むとどうなるか」を示す一言だけは、やさしい日本語やピクトグラムで紙面に残す必要がある。
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